癌3カ所 福島第一原発元作業員

(1/18 中日新聞朝刊)

東京電力福島第1原発の緊急作業をした作業員について、被曝の健康への影響を調べる国の疫学的な研究が近く始まる。
難しい調査となるのは必至で、どこまで解明できるかは未知数だ。そんな中、事故発生当初、福島第1で4カ月間作業し、
その後、胃や大腸など3カ所で癌が見つかった札幌市の男性(56)は、被曝が原因だとして労災と認めるよう訴えている。
(東京社会部・片山夏子)

男性が働き始めた2011年7月は、溶け落ちた核燃料を安定的に冷却できるようになったころ。無数の瓦礫が散らばり、
建屋からは水蒸気が上っていた。「とんでもない所に来た」と恐怖を感じたという。

重機オペレーターの経験を買われ、大型トラックに載せた鉛の箱の中でモニターを見ながら、無人重機を遠隔操作して
瓦礫を除去するのが仕事だった。しかし、瓦礫の下には配管やバルブなどがあり、慎重な作業が要求された。側溝に鋼材
を渡した仮設の土台に重機を載せ、遠隔操作するのは至難の業だった。

現場を見ながら直接操作しないと無理なケースもあり、その際は鉛のベストを着て重機に乗り、30分交代で作業した。重
機でつかめない小さな瓦礫は、腹で支えるようにして手で持って運んだ。

瓦礫の中には赤で「×100」「×200」などと書かれたものもあった。毎時100ミリシーベルトや200ミリシーベルトを発する
高線量瓦礫の印だった。男性は「やべえなぁと思ったが、元請け社員もやっていた。やらないわけにはいかなかった」。

当時は空間線量も高く、線量計の警報が鳴りっぱなしに。これではすぐに線量限度に達し、作業ができなくなるため、高線
量の時は線量計をトラックに置いていかざるを得なかった。男性が働いた同年10月末までの4カ月間の被曝線量は、記録上
は56.41ミリシーベルト。だが「実際はこんなものではない」。

12年春に血尿が出たため診察を受けると、膀胱癌。その1年後、東電の負担で癌検診を受けたら、大腸と胃に癌が見つかった。
東電や厚生労働省の窓口に相談したが、「因果関係がわからない」とたらい回しにされたという。
転移でなく3カ所も癌が見つかったのは、被曝が原因として、男性は13年8月に労災を申請。一方で胃と膀胱を全部摘出し、
大腸癌も切除。重度障害者の認定を受けた。
男性は「国や東電は検査を受けろと言うが、労災が認められなければ治療は自費。命懸けで作業をしたのに使い捨てだ。働き
たくても働けない。個人では因果関係を立証できない。国は調査するなら徹底的にしてほしい」と語った。

〇被曝影響2万人調査

国が実施する疫学的な研究は、11年12月16日までの間に福島第1で緊急作業をした約2万人の作業員が対象となる。原爆被害を
研究してきた公益財団法人「放射線影響研究所」(広島市)が担当する。近く福島県で2千人の作業員らを先行調査し、新年度
から本格的にスタートする。

長期にわたって作業員の被曝線量と癌などの病気を調査。血液なども保存する。事故後の被曝線量が100ミリシーベルト超の173人
は染色体も検査する。
研究所の大久保利晃理事長は「初期は特に被曝線量も正確にわからない。作業の詳しい聞き取りをする必要がある」と話す。作業
員らは、研究が100ミリシーベルト以下の被曝や一般住民にも役立つよう期待する。大久保氏は「それが目標だが、線量が少ない
場合、因果関係の解明は難しい。研究は何十年もかかる。被曝研究が進むよう結果は公開していきたい」と話した。