海水注入止めたのは官邸の誰? 吉田氏「記憶が欠落」

(5/27 05:41 朝日新聞デジタル配信)

2011年3月13日、東京電力福島第一原発吉田昌郎(まさお)所長は首相官邸
ら電話を受け、原子炉を傷める3号機への海水注入を断念して淡水に変更した。
電話の相手は誰だったのか。東電が12年に開示した社内テレビ会議録で判明しな
かった事実について、吉田氏は政府事故調査・検証委員会の聴取でも「記憶が欠
落している」と答え、その人物の名を口にしていなかった。


海水注入を巡っては、吉田氏が12日夜、官邸にいた東電の武黒一郎フェローから
の中止要請を無視して1号機で継続したことが知られているが、実は13日未明に
も3号機を舞台に「海水か淡水か」を巡る論争が繰り広げられていた。

吉田調書などによると、3号機は原子炉の水位が下がり、核燃料がむき出しにな
る危機を迎えていた。午前5時42分に淡水の入ったタンクがすべて空だという報
告があり、吉田氏は海水注入を決断した。

「緊急です、緊急です、緊急割り込み!」

午前6時43分、官邸に詰めていた東電社員から電話が入った。吉田氏がこの時、
原子炉を傷める海水注入は極力避け、真水や濾過水を使用するよう要請されたこ
とはテレビ会議録で判明している。

吉田氏は12日夜と異なり、この13日朝はあっさりと要請を受け入れた。吉田氏は
のちの聴取で、電話の主が「官邸の誰か」に代わったことを明かしたうえでこう
語っている。

「私は海水もやむを得ずというのが腹にずっとありますから、最初から海水だろ
うと、当初言っていたと思います。その後に官邸から電話があって、何とかしろ
という話があったんで、頑張れるだけ水を手配しながらやりましょうと」

ところが、質問が電話の相手に及ぶと、吉田氏の歯切れは悪くなった。

「ここは申し訳ないけれども、私の記憶はまったく欠落していたので(中略)、
本当に誰と電話したかも完全に欠落しているんです。ですから、そこは可能性だ
けの話しかない」

吉田氏は電話の相手の可能性として、当時官邸にいた東電と原子力安全・保安院
の幹部の名を挙げたが、断定はしなかった。真相は今もはっきりしない。

テレビ会議録によると、吉田氏が淡水を注入することを決めた後の午前9時13分、
福島オフサイトセンターに詰めていた東電の武藤栄副社長も「もう海水を考えな
いといけないんじゃないの。これ官邸とご相談ですか」と淡水注入に疑問を呈し
た。吉田氏はそれでも淡水注入を続けた。

吉田氏は使える淡水をかき集めようとしたが、うまくいかなかった。そして午後
0時18分。吉田氏はついに「あの、もう、水がさ、なくなったからさ」と海水注
入への切り替えを指示した。

吉田氏は10分程度で切り替えが終わると思っていたが、実際に海水注入が始まっ
たのは午後1時11分。この間、1時間近く3号機には水が入らず、原子炉はますま
す過熱した。深刻な事態を招く発端となった「官邸からの電話の相手」は今も謎
のままだ。(木村英昭)